活動のメインフィールド 河辺川原

先戸池について

1.“先戸池”って何?

下の2枚の写真は2016年7月に“ガサガサ池”でガサガサ魚捕りを行った時の写真です。この池は2017年9月まで便宜的に“ガサガサ池”と呼んでいましたが、正式に名前を付けて、共通の呼び方をできるようにしようと言う意見があり検討しました。その結果“先戸池”と言う名前に決まりました。この呼び名を2017年9月10日の「まるごと遊び塾」から使い始めています。今後も“先戸池”を使っていきますのでよろしくお願いします。


2.“先戸池”っていつからあるの?

下の2枚の写真は2007年10月6日にガサガサ魚捕りを行った時の写真です。これより古い写真は残っていませんでした。青梅・多摩川水辺のフォーラムの発足が2006年5月ですので、この“先戸池”はフォーラムの発足当時から存在していたものと思われます。


下の左の写真は2010年7月10日にガサガサ魚捕りを行った時の写真です。池の緑がきれいです。
下の右の写真は2010年10月に撮った池の写真です。鏡のようです。



右の写真は2008年9月6日のガサガサの写真です。写真を見ると分かるように、池ではなく多摩川本流でガサガサ魚捕りをやっています。それもかなり岸寄りを多摩川が流れています。きっと、この年の“先戸池”は川の底に沈んでいたものと思われます。

3.どういう理由で“先戸池”と言う名前になったの?

名前を募集したところ、“キラキラ池”とか“中州池”とか案がありましたが、これと言ったいい名前はありませんでした。募集とは別に顧問の渡辺さんから青梅の地名に見識のある方に、“ガサガサ池”があるあたりは過去はどういう地名だったか問い合わせしていました。
答えは現在の河辺町3丁目あたりは“西先戸”(にしせんど)、河辺町2丁目あたりは“中先戸”(なかせんど)、河辺町1丁目あたりは“東先戸”(とうせんど)だったとのことです。

勉強のため、私たちも地図から確認してみましょう。上の地図は現在の河辺川原近辺です(国土地理院の地図より)。下の地図は明治22年の地図です(オリジナルは村野氏所有。スキャンしたものを頂きました)。

明治22年の地図と現在の地図を合わせるため、おそらく変わらないであろう神社、お寺、特異な地形に着目して合わせてみました。左の3つの赤い〇は林川寺、春日神社、東円寺を想定しています。右の赤い〇は南白はけ公園の特異な地形を想定しています。
そして、地図の方向、縮尺を合わせてみました。見事合いましたね。明治22年の地図で黄色い〇に薄い青い文字で地名が書いてあります。“西先戸”、“中先戸”、“東先戸”と書いてあります。※地図をクリックすると明治22年の地図が表示されます。
上に地図で青い〇に池と書いてある場所が、ガサガサをやっている池です。下の明治22年の地図を見ると川の中ですが、“中先戸”と“東先戸”の境目あたりになっています。
そこでこれら明治時代の地名から“先戸池”と命名しました。ちなみに体育館の近くにある中先戸公園は“中先戸”の地名が残っているものです。白はけ公園、南白はけ公園も同様です。

※「先戸池」の命名にあたって大倉 十彌也氏に御協力をいただきました。ありがとうございました。
※本件、平成29年度第1回おうめ水辺の楽校運営協議会(青梅市、国交省京浜河川事務所参加)で了承されています。
※番外編ですが、明治22年の地図を見ると、現在の体育館あたりまで鉄道のマークがあります。これは何の目的の鉄道なのでしょうか?小学生は無理かも知れませんが、中学生だと分るかも知れません。自由研究に如何ですか。

4.“先戸池”の位置と大きさ

位置  緯度: 35度46分34秒928(35.776369)  経度:139度17分08秒260(139.285628)

大きさ 長径: 32m   短径 13m



「河辺川原」、「河辺市民球技場管理棟」への行き方

車の場合

小作坂下方面からは、奥多摩街道「河辺東」の信号を越してすぐに二又を左へ。道なりに坂を下って、1つ目の信号(市民球技場案内看板)を左折して、川原ま で直進する。
河辺駅方面からは、「青梅合同庁舎前」の次の信号を右折して、つき当たりを右へ向かう。道なりに下って・・・。
青梅街道からは「鈴法寺跡前」、市役所通りは「河辺町七」の信号を南に折れて直進、つき当たりを右折。

電車の場合

河辺駅南口より駅を背にして総合体育館を目指し、地図の通り階段か坂道を下る。つき当たりを左折し、1つ目の信号を入る。駅から徒歩15分程度。

河辺川原近辺の地図

河辺川原の地図



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